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心を支える非認知能力―見守られて育つ愛の記憶―

更新日:19 時間前


クリスマスが近づくと、世界中がどこかやさしい空気に包まれます。

家族で食卓を囲んだこと、笑い声、あたたかな部屋の灯り。

そのひとつひとつが、子ども達の心の奥深くに、そっと刻まれていきます。


幼い子どもの頃の記憶というものは、 出来事としてははっきり残らないことも多いでしょう。

 

けれど、出来事を忘れても、感覚は覚えています。 

安心していたこと、守られていたこと、 愛されていたこと… 愛を「感じている」のは右脳。

それが「愛だったのだ」と気づくのは、 言葉を手にした後の左脳です。


言葉になる前に、私たちの右脳は、

まなざしや空気のぬくもりを、確かに受け取っています。

 

そしてそれは、

「ちゃんと覚えていない」大人になった今も、

消えてしまったわけではありません。


仕事や子育てに追われ、

うまくできない自分を責めたり、

誰かの期待に応えようとして疲れてしまったときも、


私たちの奥深くには、

確かに「見守られていた感覚」が、

静かに息づいています。


忘れているだけで、

なくなってしまったわけではないのです。

 



子どもたちに贈りたい、いちばん大切なプレゼント


子どもたちに育ててあげたい本当のプレゼントは、

「見守られている」という、あたたかで優しい眼差しの感覚です。


何かができた時だけでなく、

うまくいかない時も、転んだ時も、

変わらずそこにある「大丈夫だよ」という空気。


この感覚は、これから子ども達が成長していく中で 困難に出会ったとき、悩んだ時

心を内側から支えてくれる力になります。

 

踏まれても、折れずに、また元に戻る

そんな、しなやかに生きる力です。



クリスマスは、キリスト教において イエス・キリストの生誕を祝う日として大切にされてきましたが 実際にこの日が誕生日だったかどうかは、

正確には分かっていません。


クリスマスが12月25日として祝われるようになったのは、 4世紀頃のローマ帝国からだといわれています。


当時のローマでは、12月25日は冬至に近く、 闇が最も深まったあとに、再び光が力を取り戻す 「太陽の再生」を象徴する日と考えられていました。

様々なものが相まって 現代では12月25日がクリスマスとして定着していますが この日は、太古の昔から

「希望」や「いのち」「光の誕生」を感じさせる

理屈を超えた感覚の世界があるのかもしれません。

 

暗い夜の中でも、必ず朝は来て

光は、何かを求めることなく、

ただ、そこに在り、等しく 私たちを照らしてくれます。

 

それはまるで、

「あなたはそのままで大丈夫」と、

静かに語りかける無条件の愛のようです。 


 

クリスマスまでに我が子の願いを叶えようと

奔走したサンタさんたちは、

その時間の中で、

 

かつて自分自身も、

こうしてプレゼントを届けてもらっていたことを、

心のどこかで感じていたことでしょう。

 

私たちは本当は、様々な場所で、様々な人から

数えきれないほどの

見返りのない愛を受け取っています。


人はひとりでは生きられません。

 

今ここで生きているということは、

確かに、ここまで守られ、

助けられてきたという証です。


私たちは、愛に見守られ、

愛の中で育ち、

そして今も、愛の中で生きています。


うまくできていないと感じる日があっても、

立ち止まってしまう日があってもいいのです。   それでも私たちは、

気づかないうちに、

誰かの愛に支えられながら、

今日まで歩いてきました。

 

クリスマスには、

どうか、大人の皆さんも

自分自身が愛されている存在なのだということを、


頭で「理解」するのではなく 静かに「感じて」みてください。

 

目に見える光だけでなく、

人の心をあたためる光を思い出す日


あなたの心にも、

あたたかな灯りがともりますように。

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